定期通信 第51号

定期通信第51号は、尾上洋一理事の書下ろし、「2020年の食中毒発生状況と新型コロナウイルス緊急事態宣言との関わりに関する一考察」です。 是非、ご覧ください。

2020年の食中毒発生状況と
新型コロナウイルス緊急事態宣言との関わりに関する一考察
尾上 洋一
特定非営利活動法人 食の安全を確保するための微生物検査協議会 理事

1. はじめに

新型コロナウイルスが、この原稿を執筆中の2021年9月においても猛威を振るっている。甲斐は当協議会の定期通信49号1)において、2020年の腸管出血性大腸菌食中毒の発生事件数が例年に比べて少ないが、新型コロナウイルス流行による緊急事態宣言の発出により外食機会が制限されたことなどが影響しているのではないかと推察している。

そこで、2020年の食中毒発生状況、緊急事態宣言の発出状況、全国人流オープンデータを用いて、これらの関連性を検討した。

2. 年次別の全国食中毒発生状況

2015年から2020年にかけての全国食中毒の事件数、患者数、死者数を厚生労働省食中毒統計資料2)から求め表1に示した。

表1:全国食中毒発生状況(2015-2020年)

事件数は前年までは、1,000件を超えていたが2020年には887件と20%近くの減少が認められる。さらに、2015年以降の年次別の病因物質別食中毒発生状況を表2に示した。

表2:全国病因物質別食中毒発生事件数(2015-2020年)

2019年と2020年の発生件数を比較すると細菌性食中毒では20%減、ウイルス性食中毒では54%減である。一方、寄生虫性、化学物質、自然毒等の食中毒発生件数は全く減少していない。

次に、各細菌別およびウイルス毎の年次別発生状況を表3に示し、事件数全体の減少に寄与している病因物質を探った。

表3:細菌別およびウイルス別の発生状況(2015-2020年)

腸管出血性大腸菌の事件数は2015~2019年の間では、年に14~32件の発生数であったが、2020年には5件に留まっている。また、カンピロバクター ジェジュニ/コリ(以下、カンピロバクター)においては、年に286~320件の発生件数であったが、2020年は182件であり例年の4割ほどの発生件数である。

ウイルス事件数は毎年ほとんどがノロウイルスであり200~400件程度発生しているが、この発生件数も2020年は過去5年間に比して半減し100件以下となっている。

以上のように2020年において、食中毒発生件数が減少した病因物質は腸管出血性大腸菌、カンピロバクター、ノロウイルスであった。

3. 腸管出血性大腸菌、カンピロバクター、ノロウイルスの月別発生状況

次にこれらの3病因物質の6年間における1月から12月の月別の発生件数及び2015~2019年の5年間平均を表4~6に示し、比較した。

3.1 腸管出血性大腸菌の月別発生状況

腸管出血性大腸菌は例年4月から12月までほぼ年間通じて発生し、夏季に多い傾向が認められる。これに対して、2020年の発生件数は5件と少なく、その発生時期は、6月,7月,8月(2件)、10月の気温の高い時期に限定された(表4)。

表4:腸管出血性大腸菌の月別発生状況

3.2 カンピロバクターの月別発生状況

カンピロバクターは例年年間を通じて発生し、冬季にやや発生件数が低い傾向がある(表5)。しかし、2020年4月、5月の発生件数は、それぞれ4件および2件であり例年に比べて少ないとともに、本年の他の月と比べても、その発生件数が少ない傾向にある。

表5:カンピロバクター ジェジュニ/コリの月別発生状況

3.3 ノロウイルスの月別発生状況

ノロウイルスの発生状況は例年冬季に高く、夏季に低くなるU字型のカーブを描くことが知られ、食品衛生学の教科書にもよく記載されている事例である。しかし、2020年はこのカーブとは全く異なる曲線を描くこととなった(表6)。3月から例年よりも発生件数が少なくなり、4月に1件、5月に2件となり、例年、低い発生件数であるものの発生が報告されてきた6月から8月の3か月間では発生は認められず、9月以降12月まで毎月2件から5件の低い発生件数で推移した。

表6:ノロウイルスの月別発生状況

以上のように腸管出血性大腸菌、カンピロバクター、ノロウイルスの2020年の食中毒発生件数は4月および5月に共通して減少していたことが明らかとなった。

4. 2020年の新型コロナウイルス感染症緊急事態宣言に係る経緯

我が国の新型コロナウイルス患者発生は2020年1月15日に最初の患者が確認され、以降、全国から感染が報告され、4,5月は表7に示すように緊急事態宣言が全国に発出される状況となった3)。この緊急事態宣言の発出により人流が変化し、全国の食中毒発生件数にどのように影響を及ぼしたか興味のあるところである。

表7のように一都三県の緊急事態宣言の適用期間は4月7日から5月25日のほぼ2か月間に渡った。また、この一都三県の対象人口は総務省統計局のデータ(2019年10月1日)4)では、東京都1,392.1万人、神奈川県919.8万人、埼玉県735.0万人、千葉県625.9万人であり、この一都三県の東京圏の人口は約3,672.8万人に及び、日本の総人口(1億2,616.7万人)の約3割を占めることから東京都の人流データは全国の人の動きの指標となると考えられ、これに基づいて考察を加えることとした。

表7:新型コロナウイルス感染症緊急事態宣言の発出状況(2020年)

5. 2020年の人流と食中毒発生件数との関連性

人流のデータとして、国土交通省が公開している全国人流オープンデータがある5)。これを用いて東京圏の人流を求めた。

このデータは1km四方のメッシュごとに地図上に濃淡の濃度で人流が示され、その地点をクリックすることにより数値が示される。地点として渋谷駅南西側の1kmメッシュ(ID53393586の2019年および2020年の1月~12月、全日、終日0~24時)を選定した。この地点の図から人流の数値を得て、それをグラフ化したものを図1に示した。

2019年と2020年の渋谷の人流を比較すると、両年の1月は同値であるが、2020年の2月、3月以降、人流は低下し、4月および5月は前年比4割減に近い人流となっていた。その後、宣言の解除に伴い6月には回復基調となり12月までの人流は前年比2割弱程度の減少で推移していた。

この4月および5月に人流が減少したパターンは腸管出血性大腸菌、カンピロバクター、ノロウイルスの発生件数が4月および5月に減少したことと一致しており、人流の減少が飲食の機会の減少につながり、食中毒発生件数が減少したと推察される。

図1:全国人流オープンデータから求めた渋谷の月別人流変化(2019、2020年)

6. 飲食店における食中毒発生はどのような病因物質で多いか

緊急事態宣言の発出による人流の減少が飲食の機会の減少となり腸管出血性大腸菌、カンピロバクター、ノロウイルス食中毒の減少につながったと推察されたが、それでは、サルモネラ属菌、ブドウ球菌、ウエルシュ菌食中毒はなぜ減少しなかったのかとの疑問が残る。

それには腸管出血性大腸菌、カンピロバクター、ノロウイルスに加えて、サルモネラ属菌、ブドウ球菌、ウエルシュ菌食中毒の飲食店における発生状況をも確認してみる必要がある。

表8にこれら6病因物質の2020年の施設別発生状況を示した。

表8 腸管出血性大腸菌、カンピロバクター ジェジュニ/コリ、ノロウイルス、サルモネラ属菌、ブドウ球菌、ウエルシュ菌食中毒における原因施設(2020年)

飲食店における食中毒発生件数は2020年の全発生件数887件中の375件(42.3%)であるが、そのうち腸管出血性大腸菌では飲食店の割合は4/5件(80.0%)、以下カンピロバクターでは138/182件(78.5%)、ノロウイルスでは75/99件(78.5%)であり、3病因物質とも約8割が飲食店で発生している。

一方、サルモネラ属菌では16/33件(48.4%)、ブドウ球菌9/21(42.9%)、ウエルシュ菌6/23(26.1%)の発生である。

これらのことから、飲食店での食中毒発生の事例が多い3病因物質の腸管出血性大腸菌、カンピロバクター、ノロウイルスの食中毒発生減少に人流の抑制、飲食店での飲食の機会の減少が大きな影響を及ぼしたであろうことが推察される。

7. ノロウイルス食中毒はなぜ6月以降も少なかったのか。

2020年4月、5月にはノロウイルス食中毒発生が認められず、さらに6月以降も発生件数が上昇せず12月まで各月の食中毒発生はゼロから数件までに留まり、腸管出血性大腸菌やカンピロバクターとは異なる状況を示している。

東京都多摩府中保健所は、食品衛生ミニ情報2020、Vol.2において「ノロウイルス・新型コロナウイルス共通の感染対策をしましょう!」とうたい6)、手洗い、手指のアルコール消毒、調理器具等の次亜塩素酸ナトリウム消毒、出勤時の体調確認、また、その他ではノロウイルス食中毒の予防策として、食品の加熱、生で食べる野菜や果物の洗浄・消毒、トイレの清掃・消毒をあげるとともに、さらに新型コロナウイルス感染症対策としては3密を避ける、マスクの着用、施設の消毒、換気をあげ啓発している。

従来の食品衛生指導に加えて、新型コロナウイルスの流行に伴うこうした施策による飲食店等におけるアルコール消毒や次亜塩素酸ナトリウム消毒策等の強い実施が、ノロウイルス食中毒の夏季から冬季つながる発生防止に効果を上げたもの考えられる。

8. まとめ

2020年の食中毒発生件数は例年の8割であり、それは腸管出血性大腸菌、カンピロバクター、ノロウイルスの食中毒発生件数の減少によるものであり、これら3病因物質は4,5月にその減少が顕著であることが認められた。

4,5月は新型コロナウイルス緊急事態宣言が全国に発出された時期であり、それに伴い人流は東京都渋谷の地点を指標としてみると前年の6割まで減少しており、このようなことから3病因物質の食中毒発生件数の減少は人流減少によるものと推察された。

また、ノロウイルス食中毒発生件数は人流が回復後も抑えられており、宣言の発出に伴う飲食店におけるアルコール消毒等の実施の強化が効果を上げていると考えられた。


参考資料

1) 甲斐明美:特定非営利活動法人 食の安全を確保するための微生物検査協議会定期通信第49号
腸管出血性大腸菌による食中毒・感染症-発生状況や原因食品、検査方法からみた現状と課題(2021)

2) 厚生労働省食中毒統計資料
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou-iryou/shokuhin/shokuchu/04.html

3) 内閣官房新型コロナウイルス感染症対策推進室:新型コロナウイルス感染症緊急事態宣言の概要
https://corona.go.jp/news_20200421_70.html

4) 総務省統計局人口推計
https://www.stat.go.jp/data/jinsui/2019np/pdf/gaiyou/pdf

5) 国土交通省:全国の人流オープンデータ
https://www.geospatial.jp/ckan/dataset/mlit-1km-fromto

6) 東京都福祉保健局東京都多摩府中保健所、食品衛生ミニ情報2020
Vol.2 ノロウイルス・新型コロナウイルス共通の感染対策をしましょう!
https://www.fukushihoken.metro.tokyo.lg.jp/tamafuchu/kouhou/mimi_jou/mini_2020_vol-2.html

(更新:2021.10.8)

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