定期通信 第29号

定期通信第29号は、当法人の理事である太田 建爾先生による書下ろしです。

我が国における発生数は減少したものの、世界を見渡した場合には未だに多くの患者が発生しているコレラの現状について、詳しい解説を掲載しています。是非、ご覧ください。

コレラの現状について
太田 建爾 (特定非営利活動法人食の安全を確保するための微生物検査協議会 理事)


最近わが国では、コレラ菌による下痢症例は極めて少なく、忘れ去られたような感染症の感がある。しかし、世界に目を向けると必ずしもそうではない。 本報では、当協議会が発行している「世界における食中毒情報」第13版に付録として載せてある「世界におけるコレラの発生状況」を基に今一度コレラについて触れてみる。

コレラは急性の下痢症で重症の場合は適切な治療を早急に着手しなければ、急激な脱水症状に陥り死に至ることもある。しかし、我が国をはじめ衛生環境が整備された地域、あるいは日頃から健康状態が良好である人々の間では感染しても発症する確率は低く、ほとんどが不顕性感染で過ごすこともあると云われている。

コレラ菌は現在O抗原により約250型に分類されており、O1抗原を有するいわゆるO1コレラ菌はさらに小川型、稲葉型に細分されている。また、生物学的性状でアジア型(古典型)とエルトール型に分けられている。

エルトール型菌は1906年エジプトシナイ半島にあるエルトール検疫所で発見された。この菌は溶血性やポリミキシンBの感受性など生物学的性状がアジア型コレラ菌と異なっており、エルトール型と命名された。従って、コレラ菌はアジア型小川型菌やエルトール、小川型あるいはエルトール稲葉型などと呼ばれている。

コレラの原因菌は、1988年まではTCBS寒天培地などで分離後、コレラ菌の性状に一致し、さらに診断用血清O1に凝集したものを原因菌としていたが、1959年にコレラ毒素の発見があり、その後1969年にはこの毒素が精製され、コレラの主症状である下痢の発現機構にこの毒素が関与することが解明され、1988年9月以降、コレラの原因菌と決定するには、前述の生物学的性状並びに血清学的性状に加え、コレラ毒素を産生すること、あるいは毒素産生遺伝子を保有することが必要条件となっている。

O1型以外の血清型菌では、この毒素を産生するものは極めて稀であるが、1992年インドでコレラ毒素を産生し、血清型がO139菌(いわゆるベンガルコレラ菌)による流行が勃発し、我が国でも少数ではあったが輸入感染症の原因菌として確認されており、本菌もO1コレラ菌と同様にコレラの原因菌として取り扱われている。

世界のコレラ

コレラの歴史は紀元前300年位からとされているが、世界的な大流行は1817年、インドのガンジス川下流及びバングラデシュ付近からである。爾来1923年まで、6回の大流行(第1次~第6次コレラパンデミーと云われる)が繰り返されている。この間の原因菌はアジア型(古典型)菌であり、この菌はその後インド亜大陸などで流行を継続していた。

1906年に発見されたエルトール菌は、インドネシアの一地方に限局的に流行していたが、1961年突如東南アジアに拡がり、さらに西に向かい1971年には中近東やアフリカ諸国を巻き込み世界的な大流行となり、すなわち第7次のコレラパンデミーと呼ばれるようになった。その後1991年には南米ペルーに渡り、1995年までの5年間はペルーをはじめ中南米諸国だけで、世界の患者数の約半数を占めるぐらいの患者発生をみた。

1996年になると、アジア諸国や中南米の患者発生数は減少し、アフリカ大陸での患者発生が多くみられるようになり、1999年以降はコンゴ民主共和国やタンザニアなど中央アフリカ及び東アフリカではエチオピアやソマリア、また、西アフリカではナイジェリア、ガーナを中心に多くの患者及び死者が報告されている。

表1:世界におけるコレラの発生状況

2010年1月ハイチで大地震が発生し、10月にコレラが発生した。瞬く間に全土に拡がり、この年WHOへの患者報告数は約18万人であり、翌2011年には34万人に達した。このような大発生は大地震によるインフラの破壊による衛生環境の悪化が原因と言われているが、これに加え海外からの復興援助隊の中にいた保菌者が原因の一つであったともいわれている。その後、減少傾向にはあるが、2015年1月から12月に36,000人(暫定数)の患者発生と死者も322名という報告があり、未だ終足に至っていない。また、隣国のドミニカ共和国に飛び火し2011年及び2012年には合計約3万人の患者報告がある。

また、昨今にはイラクなど中近東でもコレラの多発があり、旅行者には注意喚起が発せられている。

わが国のコレラ

わが国のコレラの歴史を振り返ってみると、江戸時代にさかのぼるが、それはともかくとして、第二次世界大戦終了時の1945年ごろ復員した人々の間で、コレラ発生が全国でみられたが、その後目立った事件もなく、1962年に海外から帰国した船内で患者発生がみられたり、1963年には山梨県で外国人旅行者が発症したりする事例が認められていた。

図:コレラの発生推移

図に示すように、1962年を境に海外へ出国する人々が急激に増加し始め、特に東南アジア諸国などコレラ発生国への旅行者が多くなり感染の機会が増加した。一方、輸入食品も多岐にわたりその量も多くなった。特に東南アジア地域からの魚介類の輸入は著しく、コレラ菌をはじめ諸種の病原菌や有害物質の検査が強化された。しかし、検査の隙間を掻い潜り、コレラ菌に汚染された食品が流通し事件発生に繋がったと考えられる報告も見られるようになった。

表2に1977年から2014年までのわが国におけるコレラ患者の発生状況を示した。

図2:日本におけるコレラ患者の発生状況

もちろんこれ以前にも、輸入感染症として1968年、69年、75年及び76年に3名から10名の患者がみられていたが、1977年和歌山県のある施設で患者数99名のコレラ集団発生があり社会問題として大きく取り上げられ、コレラが再注目されることになった。この事例は、海外でコレラに感染して帰国した関係者が関与したものであった。

翌1978年には、東京都をはじめ近隣県で患者数が49名の集団発生があった。この事件も慣例に従い疫学調査が実施され、ある結婚式場で供された料理が共通食として疑われ、この施設の厨房をはじめ飲料水や種々の食材の調査がなされたものの、コレラ菌に汚染された食材を特定することはできなかった。

しかし、この時提供されたロブスターが輸入品であった事、またこのロブスターを調理する際に使用した水からコレラ菌に寄生するバクテリオファージの存在が確認されたことなどから、このロブスターが原因であっただろうと推測された事件であった。なお、この事件で感染者から分離されたコレラ菌はエルトール稲葉型菌であったが、その性状が通常のコレラ菌と異なり、リジン脱炭酸反応が陰性であった。

また、同様に輸入食品が関与したと考えられる事例は、1989年に名古屋市で発生した事例で、これも原因の解明までは至らなかったものの、何らかの食材がコレラ菌に汚染されていたと推測されたものである。さらに、2008年の埼玉県や宮城県で発生した事例の原因は輸入された冷凍ウニと考えられている。この他、例年数十名の海外渡航歴の無いコレラ患者がみられるが、それらの原因も前述のように輸入された食品の何かが関与していたと疑うことが出来る。

海外で感染したいわゆる輸入コレラ例は、例年数十例で推移しているが、1995年341名の患者報告があった。これはこの年の特に2月から3月にかけてインドネシア、バリ島を訪れた数組の団体旅行者の間に259名の罹患者があり、その後も9月頃まで34名の患者が続発し、計293名の患者発生があったことが反映されている。 その後2006年までは20名から74名の推移であったが、2012年以降は激減し、3から5名の発生にとどまっている。

なお、O139コレラ菌による患者数は上記の数の中に含まれているが、改めて見ると、わが国には1992年インドで流行があった翌年には、3名の患者が確認されている。これらは2名がインドからの帰国者、他の1名は現地人が日本で発症した例である。その他、1997年まで9名、2002年~2008年に5名(うち2名は渡航歴が無い人)、計17名が確認されている。

O1コレラ菌以外のいわゆるNAGビブリオと呼ばれる菌では、コレラ毒素を産生する菌は極めて稀であるが、1999年山形県でコレラ毒素産生性のO141菌による事例が確認されている。

おわりに

わが国では、最近コレラは忘れそうになるくらいであるが、感染症法では3類に位置づけられた感染症であり、腸管出血性大腸菌感染症や腸チフス・パラチフスと共に大切な感染症である。 コレラは2007年に検疫法から除外され、また、輸入食品のコレラ検査もモニタリングとなり、汚染された食品が監視の目をすり抜け感染源となることが危惧される。

一方、海外に目を向けると、未だ開発途上国や比較的貧しい国々では、環境衛生改善の遅れ、安全な飲料水の確保・供給などに問題があり、コレラの多発が常に懸念されている。 昨年の後半には中近東諸国でのコレラの多発があり、特にイラクでは全土に広がり、またパキスタンでも多数の患者発生の報告がある。

本年はブラジルでオリンピックが開催されることから、近隣国のハイチやドミニカ共和国などを訪問する機会も多くなることであろう。カリブ海諸国は観光地としても有名なところでもあるが、残念ながらハイチの様に未だ地震後の復興が十分といえない状態にあるともいわれている国もある。このような国々を旅行する際はくれぐれも飲料水、生ものにご注意を。

(更新:2016.3.12)

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